おはようございます
今日は少し時間がかかりそうなところで、食器棚を見直してみました。
普段使う食器の他に来客用や、人数が増えた時用など。
さまざまな食器が食器棚に所せましと並んでいます。
全部必要な気がしてしまいます。
食器の断捨離
はじめてみると、モノ軸なのか、自分軸なのか迷うものが多々ありましたね。
旅行に行くとつい、気に入った陶器などを買ってしまうというのがありました・・・
買う時は、それを使う料理を思い浮かべたり、ティータイムの風景なんかを想像して、
これだ!と思って買ったはずなのですが。
普段使いするにはもったいないと仕舞い込んでいるものが結構ありました。
でも、それって普段自分が使うものだから、これでいい。
と自分をないがしろにしていることだとか。
割ったらもったいないとか、お客さまをもてなす時に使うから、とか、いろいろ理由をつけては使わない食器たち。
食器について
食品=命 これは、どんな食べ物でも加工されたものでも、元は命で、それをいただくことによって私たちはエネルギーをもらい生きている。
その命を盛るのが器。
器に気持ちがいかないのは、命に対してなんの感謝もないというような・・・
簡略していうとこういうことのようで。
大切な命を食べる時に、どうでもいいと食べるのではなく、よりその食べ物にあった相応しい器を選ぶということ。
それに盛り楽しんで気持ちよくいただくことでしっかり栄養になり、無駄に大食いするようなこともなくなるということですね。
そんなこんなを考えながら、不要なものを選び出し、残ったものの入れ替えをしてみました。
奥にあったティーセットや抹茶茶碗をすぐ目につくように手前に入れ替えてみました。
食器を減らすには、食器は料理別、用途別にそろえるのではなく、
一つの器をいろいろな用途に使うという方法。
和食器はいろいろな料理に合うので、固定観念を捨てて使い方のアイデア次第で多様化できる。
それによって総量規制にみあった量に調整できる。
確かに、私の友人でもご飯のお茶碗に抹茶茶碗を使ってシャレた演出をしている人がいました。
私も一時期、気に入ってちょっとしたものを小鉢ではなく抹茶茶碗に入れて楽しんでいたこともありました(^^;忘れていました。
アイスクリームなんて入れるとすてきですよ。
量について
きまりのようなものはないようですが、どのくらいまで減らせばいいのか?
に対して唯一ある法則が「7・5・1の法則」だとか。
空間に対して
見えない収納 7 : 見える収納 5 : 見せる収納 : 1
食器棚はガラス戸なので、この見える収納5割までになります。
5割というのは、モノが美しく見えるために必要な空間が5割必要ということ。
う~~ん。
ここでしばし手がとまりました。
とてもとても5割には減らせない。
要 適 快 で考えると
今選別しただけでも今の私には必要で適切で、快適なものなのですが・・
ぱっと見ても5割どころか、食器棚のスペースに対して、ほぼ8割を占めています。
使う頻度でしまって、季節や使う用途で見えないところにしまうというのもありのようですが、そのしまう空間がない。
さて、どうしたものか・・・
残ったモノについて考えてみます。
もちろん日常で自分が使う分だけと考えれば、これは多すぎます。
が、ときどき泊りにくる家族や友人。
その時まんべんなく使っているモノです。
なので捨てられない・・・
ほんとうに?
もう一度自問自答。
同じような大きさ、同じようなお皿が結構ありました。
その時の料理や気分で使い分けていましたが、気に入ってるものだけにしたら減らせないことはない。
でも迷うのは思考する軸がちがうせい?
全部自分軸のつもりだったけど、やはり買った時の思い、どこそこへ行ったときのものとか、わざわざあそこまで行って買ったからとか・・・
過去への執着で考えてるモノ軸になるのかしら?と
そして似たようなお皿を比べた時、一番使っているのが、一番どうでもいいかも、というお皿でした。
割れても気にならない、取り換えがきくなど、やはり選んでいるようで自分軸では選んでいないモノ。
私の中にもったいないとか、割れたら嫌だなという執着から考えていることに気が付きました。
さて、この執着を断たねば捨てられません。
迷うこと1時間あまり。
決心して普段使いのお皿を捨てることにしました。
そうすると普段から少し重い和食器のお皿を出すことになります。
どうだろう?考えると少し面倒くさいなと思う気持ちがでてきます。
食器の断捨離 最後に
まだ気持ちの中でスッキリしていないようです。
とりあえず、捨てると決めたお皿をテーブルにだし、今日はここまでにしました。
迷っているときに決断して後悔の種をつくりたくないので一晩考えて明日、処理することにしました。
まだほかの用事も山ほどあるので、今日の断捨離はここまで。