お正月にかかせないお雑煮。
お節料理はその家によって、基本のものの他にあれもこれもと違いもありますが、必ず食べるのがお雑煮。
いつごろから、どんな由来があってお正月にお雑煮を食べる習慣ができたのでしょうか?そして焼いたお餅をいれる、そのまま入れて煮るなど作り方もいろいろ。
また、お餅も丸餅や角餅と、地方によって違うのはなぜでしょう?
お雑煮の由来と意味
お雑煮とは?
お雑煮はお餅を主として野菜肉などを、醤油や味噌などでだしを味付けたつゆで煮た日本料理。という定義になります。
お雑煮の語源は「煮雑(にまぜ)」で、いろいろな具材を煮合わせたこと
年神様に供えた餅などの食物を、煮て食べたことに由来すると言われています。
お雑煮の歴史は古く、平安時代からたべられていました。
室町時代に書かれた『鈴鹿家記』に初めて「雑煮」という言葉が登場します。
室町時代には武家の宴会で最初に酒の肴として出される料理でした。
武家社会では雑煮のような料理を「烹雑(ほうぞう)」と呼んでいました。
烹とは「煮る」という意味があり、これは、お餅や野菜、海産物などを煮た料理です。
別名が「煮雑」です。
ひっくり返すと「雑煮」になりますね(^^)
お餅の原料となるお米は高価で、一般庶民は餅の代わりに里芋をいれていたようです。
江戸時代になると庶民でもお餅が手に入りやすくなり、野菜などと一緒に煮て食べられていました。
民俗学的には、一日は夕方から始まるとする考えがあり、元旦は大晦日の夕方から始まるとされていたため、大晦日の夕方に神仏に供えた餅や飯を日の出後に降ろして、具を加えて煮た物が雑煮のルーツとされている。
とあります。
お正月にお雑煮を食べる理由
日本人にとって、お米で作ったお餅は祝い事などのハレの日に食べる縁起物です。
お雑煮のお餅はお米から作られています。
お餅は五穀の中で最も真っ白なものです。
この真っ白さは穢れのない神聖な食べ物として扱われています。
その意味でお正月に食べるお餅も穢れのない初日に相応しい食べ物として食べられます。
お正月に年神様にお供えしたお餅や野菜などをその年の初めに、1年の無病息災を祈って食べるというのがお雑煮を食べる理由です。
鏡餅のようにお供えしていない?という疑問がでてきましたか。
鏡餅はお正月の間床の間などに飾り、年神様が依代とするので松の内は食べてはいけないんですね。
松が明けてから降ろしていただくわけです。
飾ることがお供えするという意味ではないんですね。
味付けや形、具材の違いについて
お餅の形
はじめは関東関西関係なく、お雑煮には丸餅が使われていたようです。
その由来にはいろいろな説がありますが、望月や昔の鏡の形を模したからというのが有力なようです。
お餅の形に関してはこちらで
一般的に、関東では四角い餅が使われ、関西では丸い餅が使われています。
関西では「円満に過ごせるように」との願いから丸餅が使用されています。
関東でよく使われる四角い切り餅は、板状にしたのし餅を切ったものです。
武家文化の影響から「敵をのす」と縁起を担いで角餅が好まれたようです。
また、江戸は他の地域に比べると人口が多く、いちいち餅を丸くすることが不都合で大量生産するために切り餅が使われるようになったということです。
ひとつずつ作る丸餅と違い、切り餅はのし餅さえ作っておけば、あとは切るだけなので便利なんですね。
お雑煮の味付け
武家社会では 餅や野菜を一緒に煮込んだ一品は、地方色豊かな料理でもありました。
江戸風の雑煮は菜鳥(なとり)雑煮で、名(菜)を取(鳥)るという武士の心意気があったようです。
澄まし仕立てで、焼いた角餅に小松菜と鳥肉というシンプルなもので、彩りに三つ葉や蒲鉾を添えることもあります。
お雑煮の味付けには、醤油、味噌と地方によっても、またその家庭によっても様々で特にこうしなければというものはありません。
が、
具材の意味
としては
お餅 「長く生きるように」(良く伸びる特性から)
頭芋 「人の頭になって過ごせるように」
大根 輪に通じる
水菜 名を成す
花カツオ 勝に通じる
などがあります。
祝い箸
お正月にお雑煮やおせちを頂くときに使う箸は祝い箸を使います。
これは「神人共食」といって、箸の両方の先が細くなったものです。
一方を人が使い、もう一方を神様が使うということを表し、縁起を担ぐための習慣です。
食べるタイミング
三が日毎日食べた方がよいようです。
お雑煮は縁起物なので、毎日お餅の数を1個ずつ増やして食べるのが縁起が良いとされています。
・・・三が日だけで太ってしまいそうですが・・・
お雑煮の由来 さいごに
お雑煮というひとつの食べ物でも、具材にも食べ方にも意味があり、日本の行事にはほんとうにいろんな由来やそれぞれの縁起などがあります。
いろいろ知った上で頂くとまた一味違うかもしれません(^^;